メニューにジャンプコンテンツにジャンプ

第22号(2010年3月15日号)

目次

国分町十九軒について

質問

「国分町十九軒」の並び順が書かれている本はあるか。

回答

下記の資料に国分町十九軒についての記述あり。

『仙台あのころこのころ八十八年』p.118「開府の時,陸奥国分寺の地主神白山の門前町を移したもので町名も白山の字名国分と同じくコッポンマチと称し,草分け当時,玉沢横丁角まで東側十軒,立町角まで西側九軒,これを国分町十九軒と称した。」

『仙台市史 通史編5』p.343「(前略)とくに国分町十九軒と称される地域に,(中略)などの出版関係者が数多く存在したことが知られる。」

『宮城の郷土史話』p.258「(前略)東側は玉沢横丁角,西側は立町角までを十九軒という地名で呼んでいた。」

参考資料

『仙台あのころこのころ八十八年』(仙台八十八選選定委員会 宝文堂 1978.2)
『仙台市史 通史編5』(仙台市史編さん委員会 仙台市 2004.3)
『宮城の郷土史話』(三原良吉 宝文堂出版販売 1975.12)

回答日

2008年4月18日

↑目次にもどる

江戸時代の職制「加番」

質問

江戸時代の職制で「加番(かばん)」とは,どのような内容か。特に大坂城の加番について知りたい。

回答

『国史大辞典 3』p.503「加番」の項目あり。
「江戸幕府の職制。一般には城番に加勢して城の警衛にあたる役職をいう。」

『国史大辞典 2』pp.572-573「大坂在番(おおさかざいばん)」の項目あり。
「大坂城を警衛するための江戸幕府の軍事組織で,定番・大番・加番のほかに目付けがあった。」

『大坂加番記録 1-4』に安永9年から慶応2年までの記録が翻刻されている。

参考資料

『国史大辞典 3』(国史大辞典編集委員会/編 吉川弘文館1983)
『国史大辞典 2』(国史大辞典編集委員会/編 吉川弘文館 1980)
『大坂加番記録 1-4』(大阪城天守閣(大阪市経済局)編 大阪城天守閣(大阪市経済局) 1997-2005)

回答日

2008年6月21日

↑目次にもどる

ご利用にあたって

■レファレンス事例は,質問者のニーズ,サービス提供時の状況によって回答内容が異なる場合があります。事例はあくまで過去のサービスの記録であり,新しい情報源の登場により,内容が必ずしも適切でなくなることもあります。ご利用にあたっては,この性格を十分にご理解いただいた上で,有効にご活用ください。

注意:なお,この「レファレンス事例集」について無断転載はご遠慮ください。この事例集へのリンクを貼ることおよび図書館等でプリントアウトし活用することについて許諾は不要です。