宮城県図書館だより「ことばのうみ」第20号 2005年12月発行 テキスト版
おもな記事。
- 表紙の写真。
- 巻頭エッセイ「青春オーケストラ」 フォトグラファー 平間至さん。
- 特集「きらめく文化財の世界 パート3」。
- 図書館 around the みやぎ シリーズ第15回 白石市図書館。
- 読書推進講演会 「小説家になること、小説家であること」講師 熊谷達也氏。
- 図書館からのお知らせ。
表紙の写真。
今回の写真は、平成17年10月1日に開催した、「秋の大おはなし会」です。宮城県図書館2階のホール養賢堂で、2人の女性が絵本を開いて読み聞かせをし、大勢の子どもと大人が聞き入っている様子をご紹介しています。
巻頭エッセイ「青春オーケストラ」 フォトグラファー 平間至さん。
もともと文学少年でもなく、勉強好きでもなかった僕が、唯一図書館に通ったのは高校三年生の夏休みでした。
当時、高校生オーケストラでチェロを弾いていた僕は、バイオリンを弾いていた女の子のことがずっと気になっていました。
でも僕はチェロパートの中でも一番へたくそで曲を演奏するというよりもみんなに合わせるふりをするだけで精一杯、そんな僕が進学校に通う可憐な彼女に話しかける勇気などありませんでした。
ある日友人と図書館に行くと、たまたま女の子グループの中に彼女の姿を見つけました。小さい時から好きな子の前では不自然な行動をとってしまう僕はギクシャクしながら初めて彼女と話をすることができました。
それから僕は毎日せっせと図書館へ通い、新学期が始まる頃には僕の恋もひと夏を終えていました。
今でも、図書館は僕にとってそんな甘い思い出でいっぱいです。
著者のご紹介。
ひらま・いたる。フォトグラファー。1963年宮城県塩竃市生まれ。日本大学芸術学部写真学科を卒業後、ニューヨークに渡り作品制作をする。帰国後、カメラマン・イジマカオル氏のアシスタントを経て1990年独立。以後エディトリアルの写真を出発点に、広告やCDジャケット写真を中心に幅広く活動。写真集に『MOTOR DRIVE』(光琳社 1995年)、『Hi-Bi』(BIKKEとの共著、メディアファクトリー 2000年)、『よろしく!』(新風舎 2003年)、『アイ・ラブ・ミーちゃん』(河出書房新社 2004年)、『No music, no life.』(マガジンハウス 2004年)などがある。2003年1月には、写真展「平間至の発見/SHIOGAMA100人+α+2匹!」をふれあいエスプ塩竃で開催し1万人を動員するなど、出身地宮城県と結びついた活動も数多く行っている。
特集 「きらめく文化財の世界 パート3」
宮城県図書館が進めている「22世紀を牽引する叡智の杜づくり」事業では、「貴重書の修復・活用プロジェクト」の一環として、専門調査員による貴重資料の体系的学術調査事業を行っています。この調査に基づき、平成16年度に1件262点、17年度には6件35点の資料が県有形文化財の指定を受けました。
この特集では第14号・第15号に続いて本館所蔵の文化財の世界をご紹介します。
1.朝鮮古刊本
書誌学上では、李朝時代に朝鮮半島でつくられた書物を朝鮮本と称しています。本館では朝鮮本を46部262冊所蔵しており、すべて16世紀以前に刊行された古刊本です。ここではその中から2冊をご紹介します。
- 『二倫行実図』は、儒学で重んじられる「長幼」「朋友」の二つの徳目を図と漢文・詩によって示した説話集で、同じく朝鮮古刊本である『三綱行実図』に続く内容です。欄外には漢文と同じ内容がハングルによって記されています。
- 『尉子直解』は古代中国の兵法書『尉繚子』の注釈書です。中央政府によって銅活字で印刷されたもので、この書物が国王から臣下へ下賜されたことを示す記録(内賜記)が第1冊の前表紙裏に墨書されていることも特筆されます。
2.環海異聞(写本)
寛政5年(1793年)水主・津太夫をはじめとする乗組員16名を乗せて石巻港から出発した若宮丸が遭難し、アリューシャン列島に漂着して以後、文化元年(1804年)に4名が長崎に帰着するまでの12年に及ぶ異国での体験をまとめたのが本書です。
編者の大槻玄沢・志村弘強は、帰国した津太夫らに対して江戸藩邸で聴聞を行った後、執筆・編集作業に入り、文化4年(1807年)夏に脱稿。当時鎖国下にあった日本にとっては稀有なこの体験を文章と詳細な彩色画で記録しています。津太夫一行は、レザノフを使節とする遣日ロシア使節団に同行して日本に向かう途次、大西洋・赤道・太平洋をめぐり、沿岸諸国に立ち寄っており、結果としてはじめて世界一周した日本人となりました。この記録は、単なる漂流記ではなく、外国地誌や日露交渉史などの面からも記念すべきものと言えます。
3.金城秘うん(写本)
伊達政宗が慶長18年(1613年)秋に派遣した「慶長遣欧使節」は、近世外交史上において画期的な事業でした。『金城秘うん』は、この「慶長遣欧使節」に関する資料と将来品について大槻玄沢が精査した記録をまとめたもので、江戸末期の写本です。上巻では、『貞山公治家記録』を中心とした政宗関連資料を解読・分析しており、当時蘭学の第一人者であった玄沢の学識の高さがうかがえます。下巻では使節団が持ち帰った資料群を、図を交えて記録しています。使節団が持ち帰った品々は、その大半を支倉常長が所有していましたが、支倉家断絶に伴い藩切支丹所に移管されており、玄沢はこれらの資料を文化9年(1812年)に実見して内容をほぼ正確に解明しました。下巻に収録されている図の数々は、国宝である「慶長遣欧使節関連資料」(仙台市博物館所蔵)の江戸期における状況を伝えるものとして重要視されています。
4.英文翻訳彼理日本紀行(稿本)
1857年、ニューヨークで出版された『ペリー提督日本遠征記』のなかの日本における見聞を記した「Expedition to Japan」の邦訳です。原著には図が多く挿入されていますが、本書ではペリーの肖像画1枚のみが収録されています。
跋文の記年は文久3年(1863年)となっており、アメリカでの原著出版から6年後にあたります。日本の開国に大きな影響を及ぼしたペリー提督の記録を、当時としては非常に早い時期に大槻磐渓が主導して翻訳を進めたものであり、磐渓を中心とする集団が開明的な見地に立っていたことが分かります。
なお、原著は、本書と同じ大槻文庫として本館に所蔵されていますが、印記などから見てその原著を元に翻訳作業が行われた可能性が指摘されています。
5.奥州名所図会(自筆稿本)
仙台大崎八幡宮の神官で、和歌や俳諧などにも秀でていた大場雄淵(宝暦8年(1758年)~文政12年(1829年))が執筆した本書は、江戸期仙台領の名所・風物などを詳細な文章と絵図で描いたものです。題名には「奥州名所」とありますが、内容は仙台領内に限られています。仙台領を対象とした地誌・名所図会類は数点が確認されていますが、本書はその豊富な情報量において、特に的確な描写がなされた絵図は他に類を見ないものです。中でも塩竃神社を中心とする湊町の風物や瑞巌寺を中心とする松島の景観は、画文ともに詳細を極めています。また、出版される以前の稿本であるため、絵図や解説文の補足、絵師への指図や、朱字または白色上塗りの訂正箇所が本文に見られ、当時の編集作業の一端をかいま見ることができます。
6.熟語本位英和大辞典(自筆原稿)
筆者の斎藤秀三郎(慶応2年(1866年)~昭和4年(1929年))は宮城県出身の英語学者で、『斎藤和英大辞典』『熟語本位英和中辞典』などの膨大な量の辞書、文法書を著したことで知られ、その著作は今なお有益なものとされています。この自筆原稿は、A4変型判の罫紙様の用紙1086枚にもなるもので、タイトルとして「Saito’s Idiomological English=Japanese Dictionary 熟語本位英和大辞典」と記されています。この『熟語本位英和大辞典』は、全4640ページに及ぶ『斎藤和英大辞典』の対になるものとして斎藤が執筆していたものですが、斎藤の死によってfの項の単語“flog”を最後として未完に終わりました。現存する斎藤の自筆原稿は極めて少なく、日本における英語学の歴史を知る上でも貴重な資料です。
7.仙台祭絵関係資料
江戸時代、毎年9月に行われた仙台東照宮の祭礼は「仙台祭」と呼ばれ、大勢の参詣客でにぎわった年中行事でした。仙台祭では、各町内から出される華やかな渡物(山車)が呼び物となっており、祭礼の様子を描いた墨摺りの版画はみやげものや記念品として人気を集めました。
(1)『寛政三年仙台東照宮檀尻絵』は、寛政3年(1791年)に催行された祭礼における渡物本体を大きく描いた版画10葉が貼りこまれた折帖で、1枚につき1台の渡物の全体像が再現されており、画面には「持統天皇天の香具山にて詠歌の躰」といった題名と担当の町名・屋号があわせて記されています。
また(2)『仙台東照宮御祭礼図』は小絵図10枚を貼りこんで巻子本に仕立てたものです。これは祭礼の一行を図示したもので、先陣に始まり、各町内の渡物、獅子・神輿の行列や見物人までもが描かれています。渡物の題材が(1)と共通していることから、二つの資料は同年代の作である可能性が指摘されています。
8.北極出地度里程測量(写本)
本館では、伊能忠敬の測量隊が作成した日本図(『伊能図』)を所蔵しており、平成15年7月に県有形文化財に指定されています。『北極出地度里程測量』は、『伊能図』と同等の資料価値を有するものと認められることから、平成17年に追加指定されたものです。
文政6年(1809年)ころ成立したと見られるこの資料は3冊から成り、近畿・四国・中国地方の北極出地度(緯度)、里程(距離)が記載されています。これは、本館所蔵の『伊能図』第6図(近畿)、第7図(中国沿海)の範囲が含まれており、伊能忠敬の第5次および第6次測量の結果得られた測量値と考えられます。これらの測量値は本来地図に記載されるべきものですが、何らかの理由によって冊子の形態にまとめられたものと見られます。
《叡智の杜》レポート 巡回貸出を利用した古典の授業が行われました
宮城県図書館では、県内の公共図書館や高等学校を対象に、古典の複製資料のセットを巡回貸出する事業「古典への誘い」を昨年度から行っています。10月4日から19日にかけて、涌谷高等学校でこの複製資料を使った古典講読の授業が行われました。秀逸な古典作品に直接触れることにより、悠久な歴史の重さを感じてもらおうと同高校の小野寺基好先生が計画したものです。教材として使われたのは『万葉集』『源氏物語』『奥の細道画巻』など、生徒たちにもおなじみの古典の数々。複製資料を出発点として、書かれている文字の解読・臨書に挑戦したり、文学史上の位置を年表で表現したりと、さまざまな角度から古典作品について学びました。「今までの授業とは違ってひとつひとつの作品をより深く知ることができた」「とても貴重な体験ができ、昔の人になったような気がした」など、古典を読む喜びが感じられる声が生徒たちから聞かれました。
図書館 around the みやぎ シリーズ第15回 白石市図書館 平間啓子館長。
白石市図書館は、大正3年11月に「明治記念文庫」としてスタートした歴史ある図書館です。特に郷土資料(片倉家、白石城、白石温麺、弥治郎こけし、白石和紙などに関するもの)は、全国から調査、研究に来館される方がおります。
今年度は、「より親しみやすく、利用しやすい図書館を目指して」を目標に、小さな改革ですが、木曜日の開館を午後5時から午後7時まで延長し、仕事帰りの方や高校生、大学生、または親子での利用機会の拡大に努めています。
また、市民の皆様との協働を目標に、読み聞かせや書架整理のボランティアを募集し、活動を始めていただいたところです。少しずつですが、「図書館」を単なる「貸本屋」ではなく、より多くの市民の皆様の「生涯学習のための施設」にしていく活動を続けて行きたいと思っています。
現在の建物は昭和49年に建設されたもので、学生の勉強部屋や貸出サービスが中心の時代の構造になっています。今のところ新築の予定はありませんが、当市には「博物館」建設の動きがありますので、図書館の多くの郷土資料も博物館と併設という形でなら大いに活用できるものと思っています。
図書館が市民の皆様にとって、ゆったりとした時間を過ごせる生涯学習の拠点施設となる日が来ることを夢見て、今日も仕事に励んでいます。
白石市図書館のご紹介。
開館時間:火曜日・水曜日・金曜日・土曜日 午前9時~午後5時。木曜日 午前9時~午後7時。日曜日 午前9時~午後4時。
休館日:毎週月曜日、第1金曜日、国民の休日、年末年始(12月29日~1月3日)、曝書期(蔵書点検期間10月1日~10月10日)。
交通案内:JR東北本線白石駅より徒歩約12分、市民バスで約3分。
図書館のデータ。
蔵書冊数:96,223冊(平成16年度末現在)。
貸出冊数:113,401冊(平成16年度実績)。
住所:郵便番号989-0257 白石市字亘理町37-1。
電話番号:0224-26-3004。ファクス番号:0224-26-3505。
読書推進講演会 「小説家になること、小説家であること」講師 熊谷達也氏。
平成17年10月30日、秋晴れの澄んだ空の下、読書推進講演会が開催されました。この講演会は、県民の皆さんによりいっそう読書に親しんでいただくことを目的として、宮城県図書館が主催して読書週間中に行っているものです。今年度は、会場となった仙台白百合学園との共催で、宮城県出身で仙台市在住の直木賞作家、熊谷達也氏を講師にお迎えし、「小説家になること、小説家であること」との演題で以下のようなお話をいただきました。
小説家になること
幼いころ、「三枚のお札」の話をわくわくしながら母親から聞いたのが物語の面白さを知った始めでした。それからひとりで絵本を読めるようになり、小学校に入ってからは、学校の図書室や町の公民館の図書室から定番の伝記ものや探検物語などを借りて読みました。中学生以降は、アーサー・C・クラークなどの本格的なSFを一生懸命読みました。今にして思うと、偏ってはいましたがかなりの読書量でした。
書くほうはというと、小学校4年生のころにフィクションらしきものを書いたのが始めで、中学・高校時代には、ガリ版刷りの評論集を作ったり、100枚くらいの論文を書いたりしたこともあります。はじめて意識して小説を書いた20歳ころまでに、ある程度の素地はできていたのではないかなと思います。
小説家であること
デビュー後、「東北の話はやめましょう。東北では本が売れませんから」と東京の編集者に言われ腹が立ちました。「これから5年間は東北以外のことは書かない」と決めましたがなかなか売れない。5年間が過ぎたので、東北ものはもうやめだと半分思っていたら、『邂逅の森』で直木賞をいただきました。
苦しい状況のとき、作家活動の支えになったのは雑誌『東北学』のスタッフたちでした。東京の編集者以外のさまざまな人脈がそこで出来たことは大きな財産です。野球やサッカーの世界では仙台のサポーターは高く評価されていますが、文化面でもサポーターになっていただくということは大切なことです。
これからの活動について
今後、書く内容が東北から離れることがあるかもしれませんが、ベースとなるのは生まれ育った宮城県です。育ててくれた地元に小説家として何か恩返しが出来ないかと考えています。先ごろ、高等学校文芸作品コンクールの小説部門の審査員をお引き受けし、雑誌『仙台学』の編集部と相談して入賞作品を掲載してもらうことにしました。作品を書きつつ、このようなことにも力を注いでいきたいと思っています。
講演・質疑応答の後、仙台白百合学園高校の生徒さんから熊谷氏に花束が贈呈され、楽しい雰囲気のうちに講演会は終了しました。
図書館からのお知らせ。
特別整理期間のため休館します。
年に1回の所蔵資料の整理を行うため、下記の期間は休館します。利用者の皆様にはご迷惑をおかけしますが、ご理解とご協力をお願いします。
期間:平成18年1月26日(木曜日)から2月8日(水曜日)まで。
この「ことばのうみ」テキスト版は、音声読み上げに配慮して、内容の一部を修正しています。
特に、句読点は音声読み上げのときの区切りになるため、通常は不要な文末等にも付与しています。
「ことばのうみ」は、宮城県図書館で編集・発行しています。
宮城県図書館だより「ことばのうみ」 第20号 2005年12月発行。